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楠木正成が、南北朝時代の元弘2年(1332年)に築いた山城。海抜673.9mの主郭(本丸)を中心に、千早神社が隣接、周囲の尾根に地面を平らにならした曲輪(くるわ)が配置されている。千早集落を見下ろす場所にあり、四方を深い谷に囲まれた要害で、城背後の山路から金剛山頂や大和側(奈良県御所市、五條市)へ抜けることができ、「太平記」には、激しい籠城戦にもかかわらず、陥落しなかった山城として描かれている。現在は、曲輪が残っている。国指定史跡。