元和3年(1617年)、徳川家の命により、譜代大名・戸田氏鉄(うじかね)が築いた城。高さ約23mの4層4階の大天守に、2階建ての多門櫓の小天守が付属する複合式天守と呼ばれる形式であった。3家12人が藩主を務め、約250年もの間、威容を誇ったが、明治6年(1873年)の廃城令により取り壊されてしまった。現在の尼崎城天守は、家電量販店の創業者が「創業の地・尼崎市に恩返ししたい」と私財を投じて建設し、市に寄贈されたものである。内部の展示は、市民や尼崎城を愛する人々の寄付により、整備された。天守内部は、VRシアターなどのデジタルコンテンツが整備され、今は見ることができない江戸時代当時の尼崎城下町や、人々の生活の様子を感じられる展示となっている。